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#6 素材に導かれて – 前編

 

もう十数年も前の話になりますが
PENELOPEが代官山のマンションの一室にあった頃
30平米ほどのワンルームの半分はショップ、もう半分は作業場となっていて
朝アトリエの扉を開けると、パラフィン帆布特有の蜜蝋の匂いが微かに漂っていました。

パラフィン加工を施した10号帆布は
ブランド立ち上げ当初から定番として展開している素材です。
年月を経て、現在は帆布以外の素材のバリエーションも随分と広がりましたが
今このジャーナルを読んで頂いているみなさまの中にも
当店のバッグを知っていただいたきっかけや印象が
“カラフルな10号帆布のトートバッグ”という方も多いのではないでしょうか。

 

 

帆布でバッグを作ろうと思い立ったきっかけをデザイナーの唐澤はこう振り返ります。

 

“住まいのある茅ヶ崎から都内へ、当時乗っていた愛車は中古の仏車で
スピードも出なければクーラーも扇風機程度の送風のみ。
それでも車を走らせる高速道路は気分が良くて頭をクリアにするにはうってつけの時間でした。
横須賀基地からだろうか、軍のトラックが走っていくのをよく見かけたものです。
ある日、トラックの後ろについた私は荷台の古びた幌に惹かれます。
バタバタと風に打たれるその布は荷台に置かれた数々の道具や食糧、
時には人を長い間守って来たのだろうと想像を巡らせました。
それは暑い夏のこと、帆布でバッグを作ろうと決めた30年前の記憶です。”

– 25th記念小冊子「ateliers PENELOPE 25th avec BONJOUR BIQUI BOJOUR」より

 

こうしたトラックの幌やテントなどの産業用資材として流通していた
“ドラゴン防水”と呼ばれる強固なパラフィン防水加工が施された深緑色の帆布が
ブランド立ち上げ当初の定番素材。カラーバリエーションはこの一色のみでした。

少しずつ口コミでブランドが知られ、商品数が増えていくにつれ
別注染色となるオリジナルカラーの帆布が加わり色数も広がっていきました。
パラフィン帆布を使うきっかけとなった深緑色の帆布は長い間定番カラーとして展開していましたが
ある時、それまで使用していたドラゴン防水帆布が生産中止に。
資材として加工されたパラフィン帆布には大きく2つに分けてドライとウェットの質感があり
ドラゴン防水は唯一のウェットタイプ。オイル感があり少しヌメッとした肌触り。
経年変化の出方も微妙に変わっていきます。
他の代替えも考え試したのですが、求める質感との違いにやむなく廃番となりました。

 

 

現在商品としての展開は無くなってしまいましたが
私が最初に購入したシリンダーバッグも、このドラゴン防水でした。

実を言うと、普段はどちらかといえば肩掛け派で
この深緑はもう作れないという事もあり、大事にしまい込んでいました。
そのため所々に若干のアタリや色褪せが見られるものの、まだまだこれから育て甲斐のある状態。
久しぶりにクローゼットから引っ張り出し、荷物を詰めて出かけた冬の朝。
手首をぎりぎり通せるほどの短い持ち手は柔らかく手に馴染み
初めてバッグを手にした時から年を重ねて、当時より(おそらく)少しスッキリした自身の荷物の量と
10号帆布の軽やかさは丁度良いバランスを保っていて
原点回帰のような不思議な心地よさを覚えました。

 

帆布には1〜11までの「号数」が振られており
数字が小さいほど織りの撚り糸の本数が増し厚手に、その逆で大きいほど薄手となります。
比較的薄手である10号帆布をあえて表裏2枚合わせにし
細番手の糸でアクセントのステッチを入れ仕立てたシリンダーバッグは
ほどよく自立し、丸型の広い底面が中身をしっかりと支えてくれます。

 

 

デザイナーとスタッフがアトリエでミシンを踏み
全ての商品を手作りしていた頃に作られたミニシリンダーバッグ。
サイズが一つ一つ微妙に異なるのが愛らしいこちらは非売品ですが
店頭でペンケースなどの小物のストック収納として活躍しています。

 

 

柔らかくクタクタになった長年社内で使用しているポーチには
所々表面が摩耗し白くなったアタリがみられます。
使い始めは固さのあるパラフィン帆布が使い込まれ柔らかく変化していく様は
例えるなら「しっとり」していくという表現が一番しっくりきます。
チョークと呼ばれるひび割れのようなシワはだんだんとなめらかになり
バッグのシルエットも優しく丸みを帯びていきます。

 

同じ形でも、使う頻度や入れる物によって独自の癖がつき
それぞれに全く異なる表情を見せるパラフィン加工の帆布。

このたび、久しぶりに新しいカラーも加わりました。

 

 

<この記事の後編は #7 でお読み頂けます。>

 

動画・写真・文 / Nao Watanabe
©2022 ateliers PENELOPE