2022.07.09
#8 手から手へ、受け継がれる道具の話
例年にない早さで梅雨明けが発表された今年。
前触れもなくやってきた真夏の陽射しがアスファルトを眩しく照らしています。
2022年も気づけば半分を折返し、この半年間はこうした自然に関してだけではなく、
世界中の様々な変化とその目まぐるしいようなスピードの速さを実感する日々でもありました。
再開発が進む山手通りの喧騒とは打って変わり、
ペネロープのオフィス兼ショップがある東山地区には昔ながらの民家が今も多く建ち並んでいます。
毎日のように通りがかる細い路地にある、黒塗りの木造の古民家。
塀の向こうにちらりと覗く丁寧に整えられた季節ごとの庭木や
その場所の穏やかな「気」に引き寄せられるかのように、軒下に集まり無防備に昼寝をしている野良猫たち。
そんな何気ない光景を垣間見させてもらうのが日常のひそかな楽しみでした。
残念ながらその民家はつい最近取り壊されてしまい、解体工事が始まったかと思えば数日で更地に。
今その場所には既に新しい家屋が建っています。最近の建築工事のスピードの速さには常々驚かされます。
話は少し変わり、6年ほど前だったでしょうか。
生産で大変お世話になっていた方が長年使われていた工業用ミシンをペネロープで引き取らせていただくことになりました。
三菱製の昔ながらの工業用ミシン。
燻されたような色合いのアイアンの躯体にはデジタルのボタンも自動糸切りもついていませんが
その重厚感とフォルムからはなんとも表し難い渋さと趣きを感じます。
電源をいれるとヴォォォンと鈍く風をきるような音を立てて回りだすモーター。
幾度もメンテナンスされながら大切に使われてきたことがわかるそのミシンは
その方が独立して仕事を始めて以来ずっと使い続けてきたものなのだと聞いていました。
ベルトやボビン釜、膝上げ押し(ミシンの抑えを上げ下げするレバー)のクッション等、
メンテナンスを施し、再びスムーズに動くようになったベテランのミシンは
元々あった使い始めてまだ数年の若手ミシンの横に並べられました。
決して綺麗とは言えない天板についた無数のテープ跡やかすり傷は、
試行錯誤を繰り返しながら沢山のサンプルや製品を縫い上げては、世に送り出してきたことを物語っていました。
縁あってペネロープにやってきたミシンたち。
忙しい日には2台同時に稼働することもしばしばありましたが、スタッフ達は新しいミシンでの作業に慣れており
譲り受けたミシンは電源を入れられる機会がだんだんと少なくなっていきました。
いつしか天板には材料が仮置され、時々埃を払っては、気がかりなまま時間だけが過ぎていきました。
そんな時、いつもお世話になっている縫製工場の方から工場を拡張することになったという話を耳にしました。
このまま使わないでいるよりも、誰かに使ってもらえるほうがきっといいのではないか。
皆で相談し、そのミシンをお譲りする話をしたところ「ぜひ」と、引き取っていただける事になったのです。
春先の晴れた週末、ずっしりと重いそのミシンは
ワゴン車の後部座席に積まれ、新しい活躍の場へと旅立っていきました。
ミシンを送り出すとき、ふと元の持ち主が喜んでいてくれたらいいなという思いと共に、その方の顔が心に浮かびました。
ここ2年ほどは自宅で過ごす時間が多かったこともあり、自分自身も身の回りのものを整理したり、
なかには手放す決断をする機会も以前より多かったような気がします。
永く大切に扱うことと、永く大切に取っておくこと。
手元に置きながら形を留めておくという意味ではどちらも同じですが10年後にもし両者を見比べることができるとしたら、少し古さを帯びた中に蓄積された目に見えない味わいのようなものが
傷や汚れがまったくない新品の後者よりも、きっと魅力的に映るのではないでしょうか。
そしてそれを手放したり誰かに受け渡したりする決断もまた、同じく目には見えないけれど
例えるなら巨大な時間の歯車をほんの少しだけ動かすように、とても意味のあることなのではないかと感じます。
こうした道具や、家具、乗り物、建物、ヴィンテージの服。
誰しもが日常の中で見知らぬ誰かの人生の一部に触れていて、それがまた次の世代に繋がっていく。
その一つ一つはどれも本当に不思議な縁の巡り合わせですね。
築古のビルの古い窓枠を眺めながら
「以前も誰かがこうして窓の外をみていたのだろうか」と想像を巡らせ
改めてそんなことを感じている夏の始まりの午後です。
動画・写真・文 / Nao Watanabe
©2022 ateliers PENELOPE